家庭教育で賢い子を育てるイクメンパパの子育て術

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「四児の父・あべっかん」のブログです。
子どもの家庭教育を中心に役立つネタを書いています。

競歩の起源は? -負け惜しみや屁理屈からイノベーションが生まれることも!

リオデジャネイロオリンピックが終わった。

私の家のとなり町の出身の選手がオリンピックの競歩に出場したらしく、商店街に応援の旗がいくつも立てられていた。

競歩というスポーツ

競歩というスポーツは普段あまり見ることがない。実は過酷なスポーツらしいが、いったいどんな感じなのだろうか。

競歩の起源は、 ローマ時代の軍事訓練や遠征地での隊間の娯楽競技だとか、英国の貴族の間で行われた「散歩」が競技化されたとか、王族貴族の連絡係が起源であるとか、いくつかの説があるもののはっきり分からないそうだ。

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競歩の本当の起源は?

私が予想するには、競歩の始まりはきっと次の2つのどちらかであろう。


1. 徒競走で勝てなかった人が、「でも歩くのだったら俺の方が速いもんね!」負け惜しみを言いながら高速で歩き始めた。


2. 「廊下を走っちゃいけません!」と起こられた子どもが、「走ってないもんねー」屁理屈を言って高速で歩き始めた。


急いでいるなら走ればいいのにあえて歩く。その必要性のなさを考えると、おおかたこんな理由で始まったのではないだろうか(笑)。

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負け惜しみや屁理屈でも

しかし、負け惜しみや屁理屈だからといってバカにしてはいけない。

一見くだらないと思えることから、新しいスポーツやアイディアが発見されることもあるのだ。

 

負け惜しみや屁理屈以外でも、子どもが掃除用具をおもちゃにして遊んでいたり、妙なところに乗っかっていたりすると、

「壊れるからやめなさい!」

「危ないからやめなさい!」

とつい叱ってしまう。

しかし、通常の使い方と違うことやくだらないこと、常識とは違うことをやっているときに、

「そういうのもあったか!!」

と、新たなアイディアやイノベーションが生まれることもあるのだ。

誰かがバカなことや常識外れなことをやっていたら、叱ったりあきれたするだけではなく、常識の枠を外れた新たなものにつながらないか、ちょっと考えてみるといいと思う。

オリンピックの競歩を見てそんなことを思ったのであった。

 

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About あべっかん

私には四人の子どもがいます。子どもたちを育ててきて気がついたことがあります。うちの子に限らず、今の子どもたちは未来に希望を持っていないのです。それはなぜでしょうか?  きっと、親が楽しそうにしていないからではないでしょうか。 子どものためだと思って夜遅くまでせっせと働き、休日も子どもの世話でりと忙しい日々を送ってきました。 そんな親を見て子どもは、大人って大変だ。自分も大人になったら辛くなるんだ。そう感じたに違いありません。 子どもたちにそう感じさせてしまったのは失敗でした。 大人はもっと自分の人生を楽しむべきだ。仕事を楽しくできるようにしたい。一人でも多くの大人が楽しんで仕事をしているところを子どもに見せられるようにしたい。 それを踏まえて、賢い子を育てる方法と、大人が楽しく学べるようなエクセルプログラミングについて書いています。 リンクやシェアは大歓迎です。いいネと思った記事がありましたらどんどんシェアしてください!
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