登戸の殺傷事件 -暴漢と闘う勇気がありますか?

犯人に立ち向かった父親

先日、川崎市登戸で事件が起こりました。登校中の児童が襲われ、19人が死傷、うち1人の児童と保護者の小山智史さんが亡くなりました。事件現場は私が昔住んでいた家のすぐ近くです。よくと通った道なので驚きました。

「亡くなった小山智史さんは「英雄」ではないか」
という記事がありました。
犯人の攻撃の18%を小山さんが受けている間に、子どもたちは少し逃げる余裕ができたのです。小山さんが盾にならなければもっと多くの子どもが死亡したと思われます。

たしかに、小山さんの行動は立派でした。

もしも目の前で事件が起きたら

もし、自分の目の前で刃物をもった暴れ者がいたらどうするか? 私は何度か考えたことがありました。子どもたちが襲われそうになったら、私は自分の子でなくても私は助けます。犯人に立ち向かって闘います。

そのときに普段持っているカバンは盾になるだろうか? なにか武器になるものはもっていないだろうか? 傘を持っていれば武器になるかな? などと考えたことがあります。

命をかけて闘うのは誰のため

自分が犯人に勝てればいいのですが、昔少林寺拳法の経験が少しあるとはいえ、もう私もいい歳です。刃物をもった相手に勝てる自信はありません。でも、若い子どもを助けて命を落とすのなら仕方がないという気持ちでいます。

ただ、襲われるのが子どもでなかったらどうでしょうか。先の短い老人だったら、その人を助けて自分が命を落としたら。自分の命と交換する意味があるのか。

あるいは、襲われるのがオッサンだったらどうでしょうか? 助けに入った私が殺られている間にそのオッサンが逃げたら? 「逃げないでお前も闘えよ!」と言いたくなります。ましてや私より大きくて強そうなオッサンなのに私を囮にして逃げたら。

そう思ってしまう私は正義の味方にはなれないのかもしれません。

そもそも、このような事件が二度と起きないことを願います。事件で亡くなった小山さんと児童のご冥福をお祈りいたします。